ふるさとの

大震災がありました。

先日、私が講師をしていた中学校でも離任式がありました。
一時はどうなることかと思いましたが、山間の学校のため沿岸部のような被害は無く、ライフラインが復旧するといつも通りの日常を送っているようでした。
私はと言えば、度々このブログでも書いてきた通り宮古には親戚が数多くいて、特に父の実家は今回テレビ等でも良く取り上げられた(つまり、被害が甚大であった)田老地区です。
残念ながら祖母を亡くしました。無念であります。
生き残った高齢の親戚を、家族で手分けして被災地から脱出させたり等いろいろありました。詳細はmixi日記に書きました。

さて、離任式では壇上で挨拶をする時間があり、私は「当たり前のことなんかない」という話をしました。
人との出会いや仕事の環境、家族や家など、この震災を通して今までの生活がいかに平和で、恵まれていたことか。おばあちゃんがいたこともです。
勤務していた学校の子達にはいまいちピンとこなかったかもしれませんが、どうしても伝えたいことでした。被災者ではない私でさえこのような感を抱いているわけです。岩手は、この大震災で失った物の大きさ、そしてここから何を取り戻していくか、をどう考えていくかが県民の勤めです。

そして、この四月から郷土である盛岡に戻ってきました。
同郷の詩人、石川啄木は

ふるさとの山に向ひて
言ふことなし
ふるさとの山はありがたきかな

と詠みました。
実は私も今朝バスの中から見た岩手山に素直に感動しました。
なんて雄大なんでしょう。ほんとうに立派です。
子どもの頃はいつも見ていた山ですが、東京に行ったり、宮古に行ったり、岩泉に行ったりしている間にこの山を忘れていたのでした。
正に「当たり前のことなんかない」です。
こうやって岩手山の美しさに感動できる、私を育んでくれた盛岡の街。
まだまだ恩返しができていませんね。