生きていると会える

Architecture

プライベート・アーキテクチャ(いいな、この言い方)とはかくも難しいものなのか、と毎日悩んでいます。間取りやインテリアのほうも進めなければならず、時間がいくらあっても足りません。尤も、その有限な時間も新年度から仰せつかった初めての仕事で緊張感が続き、疲労困憊の毎日です。(少し休んだりもしました。)

音楽のほうのエネルギーは主に部活に注いでいて…どうなっているかと申しますと、今は2年ぶりのコンクールを間近にして、生徒のみんなは頑張ってくれていて、だんだんと曲が曲になっていっているところ。オーケストラのアレンジものはやっぱりホンモノに触れるのが一番!とは知っていながらも、フィジカルが伴わないと恍惚的な旋律や中毒性のあるリズムをなぞって終わり、ということになりかねないので、これからが本番かな、と。自分のライブやら何やらは当分お休みですね。(合唱の音取りCDを作ったりはしましたが、これは完全に余暇の範囲。合唱の伴奏大好き。宅録が上手くいって嬉しかった。旋律をEWIで入れる必要は無い。知ってはいる。)

しかしまぁ、あれですね。いそがしい、たいへんだ、と口では言っていても、病気でずっと寝込んでいた頃や、例えば採用試験の勉強のプレッシャーにもやもや追われていた「もやもや期」に比べれば生活の充実度というものは、はるかに高く良い毎日を重ねています。よかったよかった。

「もやもや期」は私が音楽を教えることを生業としてスタートした頃。初めて臨時採用として赴任したのは宮古市のある学校でした。1年半いたかな。1学年1クラスの小ぶりな学校で、赴任した経緯はさておいて、初めての職種なのに採用初日から「歓迎式」などの学校ならではのイベントが朝からあり(その内履きサンダルではだめですよ、と言われて外靴を拭いて出席した)、「連合音楽会が近いので、とにかく全校合唱を練習してくれ」というミッション(COSMOS初めてでクレシェンドのことだけしか言えなかったけどそれなりによかった)などがまず思い起こされます。その後は色々あって図書委員会の担当、卓球部、テニス部の顧問など、今ではちょっと触れることがないような仕事をやらせてもらいました。全てがいい経験になり、血となり肉となり今の私があります。や、授業はですね…後述します。

私達の仕事は「収穫」を見ることができません。(身体的なことは門外漢ですが)心は生涯を通じてだんだんと形成されていくもの。教えている中学生がどういう大人になるかを見届けるのは限られたケースでしかないですね(だから成人式に呼ばれると泣きそうになる)。特に音楽科は、社会に出てからどういう音楽の関わり方をするかが教科の目標にもなっているので、本当に未知数です。中学校の頃音楽が嫌いだった人でも、社会に出たらカラオケ大好きなパターンもあるじゃないですか。このあたりの(イメージですが)ねじれを無くしていきたいと思いますね。

話が脱線しましたが、生存確認の話。

ひょんなことから、この最初の学校の教え子と連絡が取れたのが10年前ぐらいの時。ちょうど震災のあとぐらいでした。それからぽつぽつと期間を置きながらやりとりしていたのですが、「いつかモスバーガーをおごる」という約束(当時は宮古にはモスしかなかったんですよ。)から10年以上を経て、ついにタイミングが合い、先日モスバーガーをおごることができました。歴史的な瞬間であった。

合流してお互い口をついで出てきた言葉が「い…いきてる!!!」そんな再会の仕方あるんだ!

いやー、でも生きてるんだなって本当に思いましたよ。前述の通り収穫に立ち会えないので、こういうのはレアケースなんですが「いや、私結婚したんですよ」「えー!」「式に来てほしくて」「えー!!!」みたいなやりとりも良かったし、「今でも先生の授業覚えてますよ。あのほら…かうぼーいなんたらの曲聴かせてましたよねー」「ぎゃー!!」などとひとしきり盛り上がり、いい時間を過ごすことができました。楽しかった。

それに「授業」って人の中にけっこう残っているものなのかもなって思いました。コンテンツ、だの、コンピテンシー、だの言われていますが、結局「人間が人間を教える」という行為そのものは変わっていないのです。教師がAIに奪われない職業にランクインしているわけですが、「思い出に残る」という力はなかなかすごいですね。しかし出るわ出るわ、教師のタマゴ時代の黒歴史。授業はお蔵入りですよ。靴のまま椅子に立たせたりしてたし…(初めての研究授業で優しく指導された)。

「せんせい、一体教師始めてから何人と出会ったんですか…?」(この教え子は昔から本当に興味深いことをよく発する)

むー。それは、本当に考えたことなかったな。今度数えてみましょうか。なんだか有益っぽいな。自分の人生で大事なカウントな気がする。なにはともあれ、お式にお呼ばれしたようなので、それを楽しみに過ごそうかと思います。コロナのやつめ、静かにしていろよ。

 

 

 

「チャップリンの『モダンタイムス』覚えてます。授業で見せてくれましたよね。」

菊池先生、僕も覚えています。あの美術の授業が人生を変えてくれました。先生が大事にしていたもの、僕にとっても大事なものにもなりました。こうして、次の世代に生きています。本当にありがとうございました。教師同士で話したかったです。空から見ていてください。

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